みつけてくれる
みつけて、あげる
FIND THE LITTLE*
1LDKの小さな部屋に帰って来て、溜息と共に鞄をベッドに投げつけた。鞄は
ワンバウンドして壁にぶつかって、またベッドに落ち着いた。
ぎゅっと自分を締め付けていたスーツのジャケットとストッキングを脱ぎ捨てる。
こんなもの身につけているから自分がちっぽけな存在のままなんじゃないのか。
お洒落をしているわけじゃないけれど、きちんとセンスのいいスーツを着て、化
粧をして。そうして毎日同じ場所へ行って、同じような日々を過ごしている。
会社に入った当初の気持ちなんて、どんなだったか忘れてしまった。
今日は祝日だったけれど出勤の要請があって。明日は代休をもらえた。明後日は
日曜で会社が休みなので連休をもらえたことになる。
でも。
明日はクリスマス・イヴ。
興味も関係も全くないけれど、街が、電車が、新聞が、テレビが、ネットが挙っ
て教えてくれる。
――去年はさぁ……。
楽しみだったのだ。何をあげようか、何をもらえるのか。どう過ごそうか。
去年の予定では、今年の明日も予定が入っているはずだったのに。
わからないものだ、人の気持ちなんて。
テレビをつけて、冷蔵庫からチューハイを取り出す。口にはとりあえずパンを放
り込む。
プシュ、というプルタブを開ける音が、少し間抜けで腹が立ったけれど、そんな
風に中に溜まっているものを思い切り吐き出せるところが羨ましく感じた。
――明日は、誰が出勤だっけ。
今日出勤していた人の大体が明日は休みだろう。
せめて仕事があれば、1人でいることもないし、何となく言い訳もたちそうだ。
誰に言い訳するわけでもないけれど。
それに仕事後にみんなで騒げたかもしれない。
――あーあ。明日は買い物行ってもイライラしそうだしな……。
毎日に追われて、いつもは休みの日も掃除や買出しなどで一日が終わってしまう。
それが今度は2連休。
買い物に行って、エステに行って、本を読んで、凝った料理を作ってみたりして。
休みがあったらこんなことしたい、って常々考えていたこと。なのに全然気乗り
しない。
――何をしたら幸せになれるのかな。
ふ、と浮かんできた疑問。
普段はやりたいこともやれず、いざ自由になるとどうしていいのかわからなくな
る。
救いようがないな、なんて自分で思ったのだ。
じゃあ何をしたら幸せになれるのだろう、と我に返ったのだ。
美味しいものを食べたとき。
好きなことをしているとき。
大好きな人と過ごすとき。
友達と笑っているとき。
仕事がうまくいったとき。
たくさんある。考えてみれば。
でも、今、大好きなものを食べたとしても幸せにはなれない気がする。
――何だろな。ちょっと拗ねてるだけかな。
自嘲気味に考えてみて、すこし笑えた。
1人のクリスマスだからって、ちょっと僻んでいるんじゃないのか。
チューハイがまだ残る缶をテーブルに置き、部屋着に着替える。
テレビなんて見ていないけれど、つけたほうが何となく落ち着く。
ふ、とテレビがクリスマス色に染まる。
赤と緑。
ブーゲンビレアだった。
赤と緑でクリスマスカラーの由来なんて知らないけれど、見ればすぐに連想
してしまう。
立派なインプリンティングだ。
昔クリスマスにプレゼントされて、枯らせてしまったことがあった。
確か、育て方が難しかったのだ。ちゃんと世話もしなければいけなかったし。
そこまで考えて、はた、と動きを止める。
――あれ。
ブーゲンじゃなくて。
会社かなんかでもらった観葉植物の鉢植え。
あんまり世話をしてあげたことがなかったけれど、毎年小さな小さな白い花
をつけていた。
――やだ!外に出しっぱなし!!
寒さには弱いから、冬は室内にいれるように、と注意書きにあったのだ。そ
れだけは毎年やっていたのに。
アパートの3階に住んでいるが、ベランダが少し広めにとってあって、鉢植
えはそこに置いていた。
――この寒さじゃ無理かもしれない。
もう年も暮れる時期。さぞかし寒かったに違いない。
特に気にかけていたわけではないが、なんだかがっかりだ。
重い足どりで窓際に向かい、ベランダへ出る。
息が白い。
ウリにできるようなものじゃないが、夜景が見える。この辺りは世帯が多い
から、小さな光りが眩く輝いている。
冷えた空気に、手を袖の中に入れて口を押さえる。
鉢植えを覗き込むが、暗くてよく見えない。
とにかく室内に入れることにする。
何より、寒い。
やはり葉はかさかさとして、色褪せてしまっていた。
けれど。
それは周囲の葉のみで、中央の部分の葉はいまだ青さを保っていた。
――がんばってくれた。
そのみずみずしさを指で感じたとき、心から安心するのを感じる。
寒い中、放って置いてごめんね、と思う。
でも生きててくれてありがとう、と。
小さくても、その命を見つけたことが嬉しかった。
幸せだ、と思った。
――……そっか。
どんなに小さくても、その存在を、たった一つの存在を見つけたら幸せになれる
かもしれない。
小さな自分でも、自分にとってたった一人のひとに見つけてもらったら幸せにな
れるかもしれない。
乾いてしまった土に水を含ませようと、キッチンで水を汲む。
目に入ったのは、パンの袋の口を閉じていた金のビニールのタイ。
あることを思いついて、鼻歌を歌いながらそれを手に取る。
少しいびつな金の星。
「クリスマスツリー買ってないんだ。あんた、やってくれる?」
針金の折り目に葉を差込み、観葉植物に星を付ける。
明日は何をしようか。
やっぱり買い物に行こうか。クリスマスセールの中吊りを見た気がする。
そうして外に出たら何か見つかるかもしれない。
見つけてくれるかもしれない。この小さな自分を。
きっと誰かが。
Merry Christmas*