一等?
六等?

そんなもん関係ないね



★Happy Star★

「ちょ、怜太(レイタ)ー。もう真っ暗じゃんかぁ。」
「しょうがねーだろ、今日までなんだから。口より手動かせっつーんだよ。」

生徒会室。
もう部活動の声も聞こえなくなった。
11月も終わる日になれば、午後6時と言えば夜の帳が降りる。

「大体、鈴(スズ)、お前が清算書間違うからじゃねーか。俺が文句言われる筋じゃねーよ。」
「気づいたのは怜太じゃん。気づかなきゃ職員会通ってたのに……。」
「お前はどこぞの建築士か。」
「会計です。」
「なら俺は生徒会長だからもっと偉いぞ。」
「偉い偉い。だから早く直して。」
「しょうが……なくない。お前が悪いって言ってんだよ、だから!!」

俺がこいつに口で勝てるわけがない。
惚れたほうが負けなんだ、畜生め。
所詮片想いだ、べらぼうめ。

全ての思いを電卓に叩き込む。
ずらっと一覧に並ぶ、各委員会・部活・愛好会の今月の清算書と来月の予算。
全体の予算ぴったりで申請したはずなのに、合計がその予算と合わない。
こいつがどこでどう間違えてくれたのか全くわからないため、それぞれから
提出された会計報告と予算申請書と清算書一覧を見比べてカタカタ計算している。
俺が。

「怜太、バレー部だっけ。」

立ち上がり、3階の窓から見える、明かりの消えた体育館を望んで鈴が言った。

「おう。てめーのせいで今日は欠席だ。」
「じゃあスポーツの秋だ。」

体は窓に向けたまま顔だけこちらに向けて鈴が微笑む。
サービスエースだ、このやろう。

「年がら年中じゃねーか、部活だったら。」
「あ、そうか。」
「チビだチビだと思ってたけど、頭ん中まで縮んでんじゃねーのか。」
「訴えるぞー。」
「セクハラじゃねーよ、こんなの。」
「パワハラで。」
「あーもーうるせぇな。悪かった悪かった。で、お前は何の秋なんだ?」

笑顔を窓に戻して、鈴は少し黙った。
さっきまで見ていた体育館から目線を上げる。

「怜太はさぁ、空の星の見分け、つく?」
「見分け?」
「そ。あ、あの星昨日も見たなー。あの星がいつも一番きれいだなー、とか。」
「つかねぇよ、そんなの。よっぽど特徴があるか、星座かなんかじゃなきゃ。」
「だよねー。」

窓に映って見える鈴の顔は、もう笑っちゃいなかった。

「秋はねー、人恋しくなるね。」

新カテゴリーか。
読書とか食欲とかそういうんじゃないのか。そうか。

まだ弱い暖房だけではさすがに寒く、鈴は首に巻いたマフラーに顔を半分埋めて、そう呟いた。

きっと、あのひとのことを考えているんだろう。
見てればわかるんだよ、お前のことなんか。参ったか。

「見分けなんてつかねぇよ。でも、どれもきれいに輝ってるだろ。
輝り方だっていろいろじゃねーか。瞬くやつ、弱いやつ、強いやつ。
1つ1つ違うんだ。輝ることやめちまったら誰の目にも届かないけど、
そうやって自分なりに輝ってればきっと誰かの目に留まるぜ。」

清算書に目を落としたまま、俺は言った。
がたん、と音がして、急に部屋の温度が下がる。

「……っにやってんだよ、ただでさえさみーのに……。」
「そうだね。どんなに小さな輝きだって、見えるね。」

隔てていたガラスのフィルターを外して、鈴は直接空を見上げながら言った。

そのとき、がらっ、と生徒会室のドアが開き、いきなり一言かまされた。

「寒っ!!」
「みやもっちゃ~ん。」
「宮本先生とお呼び、怜太。」

ぺしっ、とでこを叩かれた。
生徒会の顧問で、男子バレー部の顧問。必然的に仲良くなった。
いや、いい先生だしな、実際。

「鈴さんも窓閉める。まだ電気ついてたから様子見に来たんだけど。どうなの?できた?」

俺の横にパイプ椅子を引っ張ってきて座り、覗き込む。
鈴は窓をおとなしく閉め、桟にもたれかかったままこちらを見ていた。

「もう少しだよ。何かサッカー部が間違ってたっぽい。」
「鈴さん、あんまり気にしなくていいからね、間違いなんて。
泥かぶるためにコイツがいるんだから。」
「はい、安心して間違えられます。」
「っとにお前は~……。ほら、合った。やっぱここ間違ってたんだ。」
「お。よくやったよくやった。じゃああとそこ訂正して印刷し直すだけだろ?」
「おう。」
「職員分は俺刷ってやるから、一部だけ作って持ってくればいいぞ。」
「マジで!?助かる~。さすが宮本先生様!!」
「じゃあ帰りに職員室寄れ。待ってるから。」

じゃ、と椅子から立ち上がり、部屋を後にした。
冷えるなぁ~、と言いながら廊下を去っていくスリッパの音がする。

「ってことでもう終わるし、お前先帰ってもいいぞ。」
「え、いいよ。あたしの責任だし。」
「一応自覚はあったんだな。」
「一応人の心はもってます。」

そう言って、また窓の向こうの星空を眺める。

「確かにさぁ、たくさんの中の1つの輝きなんて小さいもんかもしんないけどさ。」
「……。」
「俺は、さ。俺の輝きはなくなってもいいから、その分その輝きがあの人に届きますように、
って願う、一所懸命輝ってる星があるんだ。」
「……怜太?」

清算書の表を直しながら言った。
鈴はまだ窓の外を見てるだろうか。それともその瞳に俺を映しているのだろうか。

「だから、」

バカでかいボンボンのキーホルダーが付いた鈴の鞄を押しやりながら言う。
それにしても筆箱も何も机に出してない。
ほんとに責任感じてたのか、こいつ。

「いってこいよ。俺の輝り全部くれてやるから。」

鈴を見たら、もう不安そうに窓の向こうに視線を投げてはいなかった。

「ありがとっ。」

鞄をつかんで生徒会室のドアを勢いよく開け、出て行った。
しかしすぐ戻ってきて、今度はちょっとだけドアを開けて言った。

「今度、あたしのお気に入りのラメ入りのマニキュア塗ってあげる。」

言うが早いか、パタパタと足音がすぐに遠ざかっていった、スリッパの音を追いかけるように。

「いらねぇよ、ばぁか。」




どうか、輝りが届きますように。

きらきら輝く、広い夜空の、広い世界のたった1つの星。