「はい、願名寺です…………そういうのはやってません。」
「はい、願名寺です…………やってないって言ってんでしょ!!」
「はい、願名寺です…………だからそういうのは、それはやってます。」



~5.不明な対処と未定な明日~






じじいに杖と本を手渡され、まだまだ不安なことも山積みのまま、内田家の霊媒師業
が復活の形をとったのが昨日。

今朝学校に行く前に通り道の鐘撞き場に差し掛かったら。
屋根から地面まで届く垂れ幕が目に飛び込んできた。むしろ地面についてたゆんでい
る。

『霊媒師・10年ぶりの復活!!ご用命は願名寺まで☆』

じじいぃぃいぃいいいぃぃいいい☆
余計なことしやがって☆

どうやら十芽女が学校へ行っていた間もその垂れ幕を見たご近所さんたちから電話が
殺到していたらしい。
家に帰ると、引っこ抜いた電話線を手にしたままぐったりと床に蹲った将志くんがい
た。
どんなもんなのか、と再び電話線を差し込んで電話を待ってみると、それはすぐに訪
れた。

「はい、願名寺です。」
「2丁目の吉沢です。霊媒師がいるって本当ですか?」
「……嘘ではないです。」
「祖父に会いたいんです。」
「……は?」
「3年前に亡くなった祖父に会ってどうしても言いたいことが――」
「そういうのはやってません。」

確かに霊媒術といえば死者との意志疎通をはかったりするための手段だ。けれど内田
の血筋に継がれたのは、霊に接触して成仏または退治するための力。
だから、じいちゃんに会いたいとか初恋のひとに会いたいとかは違うのだ。

けれどかかってくるのはそういった電話ばかり。
そりゃそうだ。
一般の人には世に漂う霊なんて見えないんだから気にする必要もない。
見えて困ってしまうひととか、超常現象に悩まされているひとが相談してくる可能性
なんてとても低いと思う。

そんな現実にぶち当たっていた夜。
とうとう一本の電話がきたのだ。

「はい、願名寺です。」
「公園で遊んでいた子どもが、首を絞められたって言っているんですが、調べていた
だけませんか?」
「だからそういうのは、それはやってます。」

ついついそれまでと同じセリフが口をついてしまったが、どうやら脈ありな依頼が舞
い込んだ。

公園で遊んで帰ってきた子どもをよくよく見ると首に痣ができていた。3本の細い筋
状のものが左右に。
一緒にいた友達に苛められたのでは、と子どもに訊いてみると。
『かくれんぼの鬼をしていたら、数えている間に後ろから首を絞められた』と。
すぐ目を開けて振り返ってみるが誰もおらず、噴水が見えるだけだった。皆隠れたあ
とだったようだ。
不審には思ったが、そのままかくれんぼをして帰ってきた。
ということらしい。
心配になった母親が一緒にいた友達の親に訊いてみると、他にもう1人鬼になった子
にも同じ痣があったそうだ。

「っていうことなんだけどさ、どうしたらいい?」
「一人前の霊媒師になったんだから自分で考えろ。」

電話で一通り話を聞いた十芽女はじじいの部屋に行って畳にごろごろしながら訊いた。
部活後で疲れているのだ。
手にはケイタイを持ってぽちぽちしている。

「どこが一人前だよ、くそじじいが。」
「わしがお前の父親の教育を間違えたんだろうか……。」
「そういうのはどうでもいいから、対策考えてよ。」
「……いや、突然変異かな……。」
「チヒコ。」
「そうじゃ、もとはといえばあの小僧が全てを!」
「じゃなくてさ。今チヒコ呼んだから、対策教えてよ。」
「……。」

依頼は受けたものの。
実際問題を考えると、どうにもこうにもならないのだ。

じじいの仕事を見てはいたが自分でこなしたことのない十芽女。そして何より十芽女
は霊が見えない。
能力だけはあるのだが、まったくのド素人の治一彦。そして何より治一彦は霊が怖い。

つまり、どうにもこうにもならないということだ。

「こんばんはー。」

遠くから引き戸を引く音と声が聞こえてきた。

「あ、チヒコだ、きっと。」

十芽女は立ち上がり玄関へと向かう。

「戻ってくるまでに考えといてよね、じじい。」
「もう戻ってくるな、お前は。」

何も聞こえなかったふりをして玄関へ急ぐ。
先に応対に出ていたのは将志くんだ。
どうやら夜になって電話ラッシュが終わったらしく、すこし元気になっている。エプ
ロン姿もさまになっている。

「あれ、こんばんは、綿入くん。」
「河合さん料理してたんですか?ちょうどよかったです、俺もタッパーばっちり準備
してきましたから。」
「え、タッパー?」
「はい?さっきトメがメールで――」
「甘い、甘いよチヒコ。ちゃんとメール見た?」
「トメ。……『レンコンの煮つけがあるからおいで』……だから来たのに。」
「本当にそう書いてある?」
「……レ……『レイコンの煮詰めがあるからおいで』……何このレイコンって。」

タッパーを小脇に抱え、ケイタイをポケットから出したチヒコが問う。

「はい、霊魂についてのお話が煮詰まっているので、じじいの部屋へ行くよー。」
「罠だ!!1人暮らしをターゲットにした巧妙な罠だ!!」
「うるさい、行くよ。」
「はい。」

じじいの部屋への道すがらとりあえず依頼があった話をする。
チヒコはそれだけでガタガタと震え出し、タッパーやらケイタイやらを床に落として
は拾い、拾っては落としていた。

「何か対策あった?」
「そんなもんない。」
「ちっ。耄碌じじいが。」
「わしは引退したの!」
「じゃあ垂れ幕なんてつけずに大人しくハゲてればよかったんだよ!!」
「誰が黙ってハゲゆく様を見守るかぁっ!!」
「あぁもう……本題はなんなんですか……。」

まんまとおびき出されてきたチヒコが堪りかねて間に入った。
もうほんとに帰りたいのだ。

「だからぁ、実際問題どうやって仕事するのかってこと。」
「俺やるなんて一言も言ってないよ?」
「やるような雰囲気だったじゃん。」
「そうだけどさ……。」

ぼそぼそとやり取りされる会話を目の当たりにしながら、じじいは溜息混じりに言っ
た。

「とりあえずやってみればいいんじゃないのか?」










結局、例の公園に至る。
夜の12時前。数少ない外灯が、辛うじて辺りを照らしている。
しかしこの時期は桜が咲いていて、薄桃色の花びらが光りを発しているようで、いつ
もの夜よりも明るく感じる。この時間には夜桜見物客もいない。

「とりあえずやる」というあまりにも無責任な発言には十芽女も治一彦も猛反発した
が、確かに何をしたら成功なのか失敗なのかがわからないのでやってみるしかないと
いうのは正しいかもしれない。
2人で1人の霊媒師なんて内田の血で聞いたこともないから、資料を漁っても何の役
にも立たなかった。

とにかく杖で相手に打ち込むこと。それで相手の体が縛られ、魂となって本に吸い込
まれる。
そして本の向きに注意すること。表紙から開くと成仏、裏表紙から開くと退治という
形になるらしい。
縛られた魂に向かって正しい方向から開いた本をかざす。そして魂が本に刻まれて全
てが終わる。

杖と本を持っているのは十芽女。
その後ろにぴったりとくっついて足元ばかりを見つめているのが治一彦。

「うざったいなぁ……。」
「だって見えたら困るよ。」
「見えるのはアンタしかいないんだから、しっかり見てもらわないと困るの!」

そういって杖の先で治一彦の顎を上げる。
薄暗い公園の様子が嫌でも目に入ってきた。

「……あれ?」
「何かいた?」
「いや、それっぽいのが何も見えない。」
「いない?」
「もしかしたら霊じゃなかったんじゃないかな……。」
「それはアンタの願望でしょ。」
「でも実際いないし!」
「もっと詳しい情報聞いておけばよかったな。」

公園を見渡して、うーん、と十芽女が唸った。

ブランコ、ジャングルジム、砂場。
そして用具小屋に植え込み、繁み、トイレ、トンネル、土管。かくれんぼをするには
もってこいだ。
そういえば小さな頃はどんなところにでも入り込んで、うまく隠れていたものだ。

十芽女はそういった場所を一つ一つ見て回った。治一彦は十芽女の袖を引っ張ってそ
れを止めようとしたが、一人で置いていかれるよりはくっついていったほうがマシそ
うだったので、結局一緒に公園内を回っている。

もう見るところはないか、と十芽女が周りを見渡す。
何も見えなかったことで安心したチヒコもぐるりと首をまわした。
そしてふと思いつく。

「トメ。痣があったのって鬼になった子だけ?」
「そう聞いてるよ。」
「鬼って普通、木とか壁とかで数かぞえない?」
「!」
「だよね?」
「それで、振り返って噴水が見えるところっていったら……あの辺の木しかない。」
「え、いるの?いるの?その辺にいるってこと?」
「うるっさい。見なきゃわかんないじゃない、アンタが。」

再びビビリに戻った治一彦は必至に十芽女を止める。
そう、でも十芽女1人が見に行ったところで何もわからないのだ。
渋々と後をついていく。ぴったりと。

1本、2本。
近づいても見上げても下を見ても何も見えなかった。
あるのは咲き誇る桜と、輝きを終えて小さなひとひらとなって落ちた桜だ。

3本目。
木の下に立つと、ふっと何かを感じた。
治一彦は目を上げた。

そして、目が合った。



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