今年の君は何色だろう
Santa, Santa, Cloth
「いらっしゃいませっ。2名様でいらっしゃいますか?こちらのお席へどう
ぞ!ご注文お決まりの頃にまた伺います。」
案内したテーブルにお冷を2つ置いて、お盆片手に頭を下げた。
クリスマス・イヴのこの日はカップルばかり。
そしてホールの従業員は全員赤と白のサンタルック。
カップルはカップルで好きに過ごせばいいけど、こっちがサンタの格好する
必要はないと思った。
ホールを右往左往する似非サンタたちに嫌気がさして、ゴミ捨て、と称して
裏出口に出て空気を吸った。
ゴミ箱にゴミ袋を放り投げて、1本だけ、とタバコを取り出した。
店の外壁に凭れかかって空を見上げた。
寒い。
けれど、その温度が空をとても澄ませていた。
息とも煙ともつかないものを吐き出した。
「なぁなぁ、アンタいくつっ?」
いきなり声がしたのはそのとき。
「!?」
声は、右側の同じ壁沿いの下から。
黄色と白のサンタクロースがいた。男。しかもヤンキー座り。
声と見た目からして同じ年くらいか。
「……ナンパですか……。」
生まれてこの方そんなものに遭遇したことのないあたしは、つい確認してしま
っていた。
「違うよー。この服見たらわかるでしょー?」
「……………………変な人?」
「『第12支部』の『Y1クラス』のサンタだよ。」
「変な人。あのあたし仕事中なんで。じゃ。」
変。
早く戻ろう。サボった罰だ、これは。
でも、すぐさま袖を引っ張られた。
「うん、忙しいだろうけどさ、今日本番だし。でも俺アンタ見たことないんだ
よねー。しかも若いし。」
「……あたしもあなたを初めて見ましたが。」
「でもここにいるってことはとりあえず『第12支部』なんでしょ?それに
『Rクラス』の人なら俺が知らないはずないのに。」
「……人違いじゃないですか?」
「その服着てて間違えはしないでしょ。」
「服?」
「アンタ、サンタでしょ?」
わかった。
この人はすごーく純粋な人なんだ。彼の両親はさぞかしうまいことサンタの役
割を果たしてきたのだろう。
20年間(推定)サンタを信じてきた彼の夢を壊してはいけない。
「そうだよー。でもね、サンタさんはもう戻らなきゃいけないんだ。プレゼン
トはおうちに帰れば用意してあるから、早く帰りなさい。ね。」
しゃがんだままの彼の頭を、これまた黄色い生地に白のふわふわがついた帽子
の上から撫でた。
そしてタバコを吸殻ケースでもみ消し、今度こそ、と裏口のノブに手を掛けた。
「だーかーらー。アンタいくつ?」
「200歳だよー。サンタさんは長生きなんだぞっ。」
「だろ?やっぱり俺と同じだよ。」
「……。」
やっぱりただの変な人かもしれない。
「俺と同い年なのに、アンタが『R』で俺が『Y1』なんておかしくない?っ
てかその年で『R』っておかしくない?どうやったの?」
「……その、『R』とか『Y1』とか『12』とかって何。」
「はぁっ!?何言ってんの?」
「あなたの言ってることこそわからない。」
「自分の所属くらい知ってるだろ?ってかアンタも『Y1』は経験してるだろ。
『Y1』どころか、『W3』から『R』まで。」
「ちょっと待ってほんとおかしい!」
何の話か、何でこの男はこんなにも自分に突っかかるのか、そしてこいつは何
者なの
か、訳がわからなくなってつい声を荒げてしまった。
「あたしは、ここのバイトで、今日はクリスマス・イヴだからってサンタの格
好させられてるの!好きでこんな服着てるんじゃないっ!!もう仕事戻るから!
じゃっ!!」
かぶっていた帽子を彼に投げつけて、有無を言わさず、ドアを開けて店に戻っ
た。
「そしたらアンデが店の前で待ってたんだよね、あたしのバイト後。」
「どうしても亜貴と話したかったんだよっ。」
あの訳のわからない出会いから3年たった。と、いうかちょうど3年目の日。
今日もまたクリスマス・イヴ。
あのときの黄色いサンタは、アンデ・サンタ・クロースといって、本物のサン
タ。御歳202歳。
今ではオレンジのサンタに変わってるけど。
相変わらず変。
何故そんな色かというと、それはあの時アンデが言ってた変な単語が関係して
いた。
『R』っていうのが、あの赤と白のサンタさん。これは修行や勉強を積んだサ
ンタの最高位で、ここまで昇って、初めて地上でプレゼントを配ることができ
るらしい。
『Y1』は、『R』の2階級下『Y』の中での最高位。ちなみに『R』の下の
階級は『O』で、今のアンデはこの階級。つまり一昨年よりは1つ上がったら
しい。
一番下の階級は『W3』で、雪に溶け込んでしまうような、真っ白なサンタ服
だそうだ。アンデも最初はここからだったんだって。
アンデの国、つまりサンタの国では、国全体の産業が「サンタ」で、誰もがそ
れに関わる仕事をするそうだ。
でもそれは、工場の働き手だったり、事務だったり、人事だったり、配る人だ
ったり。みんなサンタにはサンタなんだけど、プレゼントを配る人は特に花形
で国家資格になるんだって。
で、それを目指す人は特殊学校に入って、『W3』から修行を始める。
アンデのいる『第12支部』はよくわかんないけど、どうやら日本の真ん中へ
んらしい。
その配属が決まるのは『Y』の下の『G』に上がってからだそうだ。
で、配属先の地理・言語・傾向・歴史などを学んでいく。それまではサンタの
仕事の総括的な勉強をしておく。
あ、サンタが長生きってのはほんとらしい。
「だーってさぁ、俺優秀なほうだったんだよ。あ、嘘。かなり優秀だったんだ
よ主席だよ?今だって『O1』の主席だし。なのに、俺と同じくらいの子が俺
の支部で『R』だし。どんな勉強したのかと思うじゃん。」
「隠れてタバコ吸ってるような人間が?」
「あ、それそれ。タバコ禁止なのにさー。」
この年はゴミ箱の横なんかじゃなくて、ちょっと高台にある公園のベンチにき
ちんと座って話している。
あたしは黒のハイネックのセーターに白いジャケット、デニムパンツ、黒いミ
ュール。左腕にはブレス。要は、もうサンタじゃない。
「禁止なの?」
「だってさ、ひげ生やしたじいちゃんになるまでやるんだよ?ひげが焦げるっ
しょ?だから止められなくならないように、最初から禁止。」
「ぷっ……っく……く……。」
「笑うとこ!?」
「ひげ……アンデがひげ……。」
「憧れじゃん。」
「確かに、サンタさんって言えばね。」
一昨年、店を出たとこで再び会ったアンデはいろいろ説明してくれて、最初は
やっぱり信じられなかったけど、いつの間にか引き込まれて、信じていた。と
いうか、単純におもしろかったのだ、アンデが。
『R』じゃないサンタはサンタの国から出ることはなく、プレゼントを配るこ
ともないそうだ。
でも、一昨年、アンデは、たまたま『第12支部』の『R』のサンタがプレゼ
ントを一袋まるまる忘れていったことに気づき、慌てて追いかけてきたそうだ。
一度あたしに会ったときは休憩中で、あたしがバイトに戻ったあとに、『R』
と手分けして配って、その後待っていたみたい。
初めて会った年の翌年と今回、『O1』のアンデは実地研修ということで『R』
と一緒に仕事をしにここに来た。
で、どうやらあたしの家を突き止めたらしく、仕事後に現れた。もう日付も変
わりそうだ。
……サンタってある意味怖い。
「亜貴の欲しいものは、こっちに届いてなかったから用意できなかったよ。」
「だって特にないしなー。」
「何でもいいから望めばよかったのに。俺が直々に届けたのにさっ。」
どうやら、サンタの国は年中雪で埋まっているらしい。
その雪は、世界中の人々の欲しいものをのせて降る。
その雪を集めて、分類し、工場へ持っていって、その願い入りの雪から実物を
作る。
それをイヴに一斉出荷というわけだ。
「でも、アンデ来てくれたじゃん。それでいいよ。」
「……1人じゃ寂しいもんね……。」
「うるっさい!!」
「『彼氏ください』とかマジでやめてね、来年。」
「えー。」
「Ckutonihirea h ie Santa 142uegbln: Gredju Dwerfh 5mnu: Loxzanodrft
bglotn fscevoo ck n ie gredju.」
「は?」
「サンタ憲法142条:プレゼント条項第5項:人の感情が関わるものはあげ
られません。ってこと。」
「役立たず。」
「んだとコラ。それ返せ。」
アンデはあたしの左腕についた銀色のブレスを引っ張った。細いチェーンが幾
重にも重なって、ところどころに小さな石がついたもの。
去年、デパートで見て、欲しいな欲しいなと思っていたら、アンデが届けに来
たのだ。
「引っ張ったら切れちゃうって!」
「前言撤回しろー。」
「……無能……。」
「よっぽどいらないらしいなっ……。」
「ぅわ……っ。」
さらに引っ張られて、あたしももう引っ張るわけにはいかず、大人しくアンデ
の力に任せた。
「っのわっ!」
「っ!」
力を抜いたあたしは勢いよくアンデに倒れこんだ。ブレスは掴まれたまま。
「ごめ――」
「来年、『彼氏ください』とか言うなよ。」
「違反しちゃいけないもんね。」
「……。」
「?」
「言うな。」
「うん……?」
あんまりにもくっついてたものだから、アンデの顔は見えなかった。
オレンジ色でいっぱいだった。
ふわふわが少しかゆかった。
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