He teaches an apprehension.
優生子は通学鞄だけを背負って、隣を勇輔が自転車を押して歩いている。優生子の
ほかの荷物は勇輔の自転車のカゴの中だ。
カゴの中に入っているのは、タオルやポロシャツなどの部活関係のもの。
優生子の通う高校は、公立だが規則が緩い。
女子はスカートにブラウスかポロシャツ、そしてブレザー。男子はズボンにワイシ
ャツかポロシャツにブレザー。
制服もそのように指定のものがあるが、実際は上半身に関しては白系ならなんでも
あり、という状態だ。
今日は、優生子は黒に白のロングTシャツを重ね着しているし、勇輔にいたっては
ベージュのパーカーを着ている。
夏は部活用のTシャツを朝から着ていったりできるので、荷物が少なくて済む。
優生子は遅刻スレスレでなければ自転車では通学していない。優生子たちの学区か
ら学校までは、なだらかな坂がずっと続いているので、通学のときは歩いた方が楽
だからだ。帰りは自転車ならかなり早いのだが。
男子バレー部では、鍛錬、とかいって自転車通学させられているようだが。
今日だって本当は勇輔の自転車に二人乗りして帰ってしまえばとても早い。
けれどそうしないのは、以前も2人で帰ったときに、優生子がそう提案したのに勇
輔が全力で拒否したからだ。
そ、そんなドラマみたいなことできるか!とか言われた気がする。
そうか、確かに二人乗りは禁止されてるから、ドラマか漫画じゃないとできないな、
と思った。
その割には、勇輔の顔が赤かったのが気になるが。
「紅白戦惜しかったな、2年チーム。」
「正直ビックリしたよー。」
「だよなぁ、去年ベスト8のスタメンもいるんだろ、先輩に。」
「うん。」
「タキ子も今日フルで出てたな。」
「よく見てるね。ちゃんと練習してた?勇輔。」
そう笑われて、勇輔はまた表情を隠す。
練習をしていようが、休憩中だろうが、見えるところにいれば見てしまうのだから
しょうがない。
「…………見えたんだよ。」
一瞬、郁の去り際の一言が頭にリフレインしたが無視する。
部活をやっている限り、一緒に帰ることになる機会はこの先にもまだあるだろう。
今後のためにも、現役の間は告白なんてするもんじゃない。
やっとの思いで一言だけ口にした。
「男女バレー部でハーフコートずつ、なんてあんまりないもんね。」
「別にバスケ部でも見えるもんは見えるしな。」
でも強がりが少し寂しい。
民家から夕飯の香りが漂うなだらかな坂道を下っていく。
ときどき、お風呂に入っているのか、お父さんと小さな子どものよく響く声も聞こ
えてくる。
「あ。」
「どうした?」
「今月の週バレの購読、図書館で申し込みするの忘れてた。」
「あれだけ図書館入り浸ってて忘れるのか。」
「しょうがないよ、だって昨日は浅生先生でびっくりしちゃったし。」
「あぁ、浅生……。」
勇輔も少し驚いていた。
優生子にしては他人に対して珍しい反応をしていたから。中学時代を知る勇輔にし
てみればそれが心配でもある。郁に話しても同じ反応をするだろう。
だから少し浅生という人物が気になっていた。
だってあの優生子が――。
「聞いてる?勇輔。」
「――なんだった?」
「もう。」
「ごめん。」
「今日ね、斎藤先生にクラスの前で、赤点脱出か?とか言われたんだよ。」
「え、脱出するのか?」
「食いつくポイント違うし!」
「だっておまえ、数学だけひどいだろ。他は優秀な方なのに。」
「だから数学がんばってるのにさ。っていうかクラスの前で言うことないと思わな
い?」
「まぁ、おまえのその話は有名だから……。」
テストごとの成績優秀者は学年通信で細々と発表される。優生子はほぼ毎回4教科
分の名前がそこに載るのに、数学の追試にも欠かさず出席している。
「理科系はできるのになぁ……。」
「うまいこと文系理系に分かれるわけじゃないってことだろ。」
「慰め?」
「これで慰めになるなら俺もうちょっとモテてるはずだぞ。」
「勇輔、顔も性格も悪くないのに彼女できないもんねー。」
笑い事ではない。と思うのは勇輔だけで。
郁がいたら大笑いされただろう。忍び笑いで。
「タキ子がもうちょっと――」
「……?何?」
優生子がもう少し他人に関心をもてば、勇輔の気持ちもとっくにわかっているだろ
うに。
そう言いかけて、勇輔は口を噤む。
「なんでもない。」
「変なの。」
さして深く追求するわけでもなく、優生子は自転車のカゴから自分の荷物を取り上
げた。
「分かれ道だね。じゃ、また明日ね!」
「おう。気をつけて帰れよ。」
「うん。ありがとねっ。」
「お疲れ。」
自転車を支えて、優生子の背中を見送る。
あれ以上は言ってはいけないことなのだ、とわかっていた。
それを言ってしまいそうになったことに後悔と悔しさがこみ上げてきて、自転車を
思い切り漕いだ。
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