He teaches English.






「タキ子っ。」
「勇輔。」

授業が全て終わり、一般の生徒は全て帰った廊下。
まだ翳らない春の日差しが柔らかに注ぐ。

髪を短く刈った少年が、後ろから優生子の肩を叩いた。振り向いて、それからちょ
っと目線を上げてその姿を認めた優生子もそれに応える。

白いポロシャツに短パン、そして膝にサポーターをつけた2人は、これから体育館
に向かう。
勇輔は右手と胴で挟むようにしてバレーボールを1つ抱えている。

「女子どう?」
「うん。今年はすっごいいい感じ。去年スタメンの先輩も残ってるし。」
「新人も入るしな。」
「可愛い子が入るか気にしてたりして。」

優生子はいたずらっぽく笑いながら、左を歩く勇輔を覗き込む。スポーツタオルを
指でくるくると回しながら。

「何だよ、ソレ……。そんなこと考えてないって。」
「あは、ごめんごめん。」

意外にも真剣に否定する勇輔に、優生子も苦笑する。

更衣室から廊下を抜けると、図書館などがある特別棟に入る。そこをさらに抜ける
と、体育館への渡り廊下になっている。
渡り廊下からは桜がよく見える。

渡り廊下の手前、図書館の中を覗くと、扉の向こうに2人分の足が見えた。
1つは見慣れたパンプスで、扉を開けて話し掛けた。

「みっちゃん!」
「たきちゃん、澤下くん。これから部活?」
「うん。1年生が見に来てるかもしれないんだ、今日。」
「たきちゃんも先輩になるのかー。」
「信じられないスよねー。」
「勇輔!」

軽口を叩く勇輔を睨んでみれば、勇輔はもう1人の存在に気がついていた。

「こんにちは……?」
「あ、1年担任の浅生です。よろしくなー。」

今日は図書館で寝ているわけではないらしい。右手に何冊かの英語の本を持ってい
た。

「浅生先生は英語の先生?」
「おう。1年しか持たないけどな。」

手にした本を見遣って浅生は答えた。

「……先生、今度はあたしのこと覚えてる?」
「どうだろうな。」

やっぱり左手をポケットに入れたまま、しれっと答える浅生のふてぶてしさに、優
生子は一瞬絶句する。

「っそれでよく――」

教師なんて、と続けようとすると、勇輔に頭を掴まれた。
何本かの指はテーピングで固定されている手。

「こら。もう行くぞ。1年がいるって張り切ってたの誰だ。」
「あ、行かなきゃ!」

またねー、みっちゃん、と手を振りながら廊下へ出る。
小走りで、勇輔よりも先に駆けていく。さっきまで忘れてたくせに、と勇輔に言わ
れて、持っていたタオルで殴ってやる。

「もう人のカード持っていくなよ、滝!」
「……!!」

思わず足が止まった。

「間違えませんよ、もう。」

ぶっきらぼうに答えてやる。そしてまた走り出すが、少しだけ嬉しくてまた振り返
った。

「さようなら、浅生先生!」

本を持ったまま、手を上げてくれた。
それだけ確認してまた走り出す。勇輔もすぐ隣に並ぶ。

「タキ子、」
「なに?」
「珍しいな、おまえにしては。」
「……そうかもね……。」
「まぁ、いいことなんじゃないか?」
「……。どうだろな。」
「タキ子……。」
「いーのっ!部活部活っ!」

話題を断ち切って、優生子が先に体育館に走りこんでいった。

「お願いしまーす!」










「じゃあ、今日は女バレでハーフ借りれたから、紅白戦しようか。」
「はいっ。」
「見学の1年生はそっちのステージ側に移ってね。」
「はい。」
「時間ないから、もう2年生と3年生でチーム分けちゃうねー。メンバーそれぞれ
で決めてー。」
「はいっ。」

キャプテンの指示で部活が動いていく。

「じゃあ、とりあえず2年は新人戦のメンツでいっとこうか。」
「そうだね、最初は。」
「武西ー、ファイっ!」

3年生がいるチームではどうしても控えに回ってしまうが、新人戦チームでは優生
子はスタメンだった。
3年生は14人、2年生は15人。これに新入生を加えて、今年の大会を戦うこと
になる。

今日の見学には10人ほどしか来ていないが、この中から後輩が生まれると考える
ととても楽しみになる。不安もあるが。

「始めます!」
「お願いしまーす!!」










学校には大体育館と、小体育館、そして武道場がある。運動部はそれぞれに分かれ
て活動を行なう。
大体育館はバスケ部とバレー部、さらにそれぞれの男女で交代または共同で分け合
って使うので、フルやハーフで使える日の部活は長引く。
さすがに見学の子達は早く帰したが、優生子たち現役生が帰る頃には、日は落ちて
いた。まだ夏ほど日が長くないので、少しでも日が翳り始めると、あっという間に
夜の帳が下りる。

「お疲れー。」
「お疲れ様ー。」

着替えも終えて、制服姿で更衣室から一斉に2年生部員が出てくる。着替えだけは
場所をとるため、1・2年生が更衣室、3年生が部室と決まっていた。用具や個人
のジャージなどは誰もが部室に置けたので、出入りは自由になっている。

「優生子、今日ちょっと本屋寄って帰っていい?」
「うん、付き合うよ。」
「……付き合うとか言って、本屋寄ると優生子のが長いからなー。」

帰宅は、中学からの付き合いの佐藤 郁(サトウ カオル)と一緒になる。
優生子を知る郁はそう言って笑った。

「あ、男子も今終わったみたいだね。」
「今日男子もハーフだったからね。」

更衣室に近づいてくる、長身が目立つ集団があった。

「あ、じゃあちょうどいいや。」
「なに、かおちゃん。」
「あたし本屋寄るからさ……澤下ぁっ!!」

郁がいきなり大声を張り上げて勇輔を呼ぶ。
長身の1人が群を抜けて近づいてきた。

「おーお疲れー。女子のが早かったみたいだな、今日。」
「それでも試合やれば疲れるよ。」
「やってたな、女子。惜しかったじゃん、2年。」
「いいとこまでいったんだけどね。ね、澤下、すぐ帰る?」
「寄り道する気にはならないな、ハーフの日は。」
「じゃあ優生子送ってって。あたし寄るとこあるから。」
「いーじゃん、また3人で帰れば。郁に付き合うよ。な、タキ子。」
「でも、あたしのほうが長居するからって。」
「あー本屋か。」

すぐに事情がわかる勇輔の言葉に3人で笑う。
3人とも同じ中学出身で、バレーをしてきた。気心がしれている。

「それならすぐ着替えてくるよ。ちょっと待ってて、タキ子。」
「うん。」
「じゃあ、お先にね、優生子、澤下。」
「お疲れー。」
「また明日ね。」

部活関係の衣類を入れたバッグと通学鞄を背負って郁が手を振る。

「ちょ、澤下。」

そしてちょっと離れたところから手招きをする。
更衣室のドアを開けた勇輔がまた戻っていった。
一瞬漏れてきた中の騒々しい声が、再び聞こえなくなった。

「何だよ……。」
「するなら告白だけにしなさいよ。まだ手ぇ出すのは認めないから。」
「っ……早く帰れ!店閉まるぞ!」
「じゃーねー。優生子もバイバーイ!」
「バイバーイ。」

肩口で表情を隠しながら勇輔が更衣室まで戻ってきた。

「どうしたの。かおちゃん、何だって?」
「なんでもない……。すぐ着替えてくるから待ってろ。」
「はーい。」

今度こそドアを開けて勇輔が中へ入っていった。
たくさんの声に混じって、制汗剤の香りもふわりと漂ってきた。






::back::    ::main page::    ::next::