「あっ、トメ。何し――。」
「ぬぁああああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」
「っはぁぁぁああああぁぁぁああっ!!」
「う、わぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!!!?」



~1.間の悪い男と運のない女~

   ゴーン。
鐘がなる。
   ゴーン。
あっのかーねーをー、鳴らっすのはー。
   ゴーン。
……あたしだった。
   ゴーン。
はず。
   ゴーン。
なのに。
   ゴーン。
なぜあたしは、こんな人生を送っているのでしょうか、ご先祖様。



「お帰りなさい、十芽女(トメコ)さん。学校はどうでした?」
「ただいま。別にいつも通りだよ。」

家に帰ると、廊下の拭き掃除をしていた門人の将志くん(25)が出迎えてくれた。
でも高校生活も2年目になれば、さすがに変わったことなど起きない。ただでさえ普通の
人生なのに。

「住職、日課の5時の鐘撞きしてましたよ。十芽女さん、会いました?」
「いや、会いたくないから回り道してきた。」
「また冷たいこと言うんだからぁ。」
「運のない自分の人生が嫌になるの、じいちゃん見てると。」
「忘れたらどうですか、10年も前のことなんか。」
「将志くんはまだうちに入門してなかったからそんなこと言えるんだ。」

制服のまま玄関に座り込んで愚痴る。鞄は磨かれたばかりの廊下に放り投げる。
将志くんは、雑巾を手にしたまま正座してあたしを宥めようとしてくれる。

願名寺。
あたし、内田十芽女の家。祖父は住職。父は公務員。跡継ぎはあたし。
の、はずだった。
10年前まで。

うちの血筋は少し変わっている。
2、3代に1人、特殊能力を授かる器を秘めた子が生まれる。
そしてその特殊能力自体は、現在能力を持った先代から、器を持つ子に、
儀式を通して受け継がれるのだ。
脈々と。
そしてその子がいずれ後を継ぐ。
そしてじいちゃんの次の住職は、あたしだった。

それが反故にされたのはなぜか。

それは10年前、あたしが7歳、小学校にあがったときに遡る。
法衣に身を包んだじいちゃんが厳かに言った。

「これより、儀式を始める。」

お堂にて。
じいちゃんと、これまた法衣を着たあたしが広いお堂の真ん中で2人、対峙する。
あれは5月頃じゃなかったか。庭の花水木の蕾がまさに開かんとしていた気がする。

「我が血統は、世の霊を導き、慰めるべく霊媒師の力を授けられていることは知っているな。」
「はい。」
「そしてわしが今、その力を持っておる。」
「へー。」
「『へー』って!?何、『へー』って!!今日お前何しにここに来たかわかってる!?」

俄かに場は乱れる。

「……お賽銭箱……?」
「……お父さんに聞いたのか?お父さんが、わしをお払い箱にする儀式とか言ったのか?」
「ばあちゃん。」
「…………そっか、うん、そっか。じゃあ、先進めるぞ。」
「はい。」

つまり、じいちゃんがそのとき持ってた霊媒師の力をあたしに授ける儀式だったそうだ。
あたしは小学生のうちから霊媒師として育てられ、成人してから住職を継ぐ。
霊媒師としてはこの日を世代交代の日とし、あたしは危険あり、苦労あり、汗あり、涙ありの
人生を送るはずだったのだ。

「戸は全部閉めたか?」
「さっき確認したじゃん。耄碌じじいが。」
「それもばあさんか。」
「お母さん。」
「なるほど。」

じいちゃんが黙ってあたしの両手を取った。
落ち込んで黙ってるのかと思ったら、なにやら真剣な顔つきだったのを覚えている。
向かい合う2人。
じいちゃんの左手と、あたしの右手がまっすぐお互いへ向けてのび、手の平が合わさる。
じいちゃんの右手はナナメ60°上へ。
お前は左手を頭に置け、と言われて素直に従う。
今でも覚えてる、もっとしっかり戸締り確認しておけばよかった、頼むから誰も
入ってきてくれるな、と思ったことを。
禿げ上がった老人とあんなことしていたら、まるで宇宙人と交信中みたいじゃんか。

「いくぞ、十芽女。」
「はい。」

姿勢を保ったまま、じいちゃんは大きく息を吸った。

ばしゅっ、ばりばりっ。がったーん。てん、てん、てん。
と、その瞬間、何か音がした。

「ちょ、じぃ……まっ……!」

音のした方を見ると、締め切ったはずの障子戸ははずれ、
お堂に倒れこんできた。

「あっ、トメ。何し――。」

見知った顔が倒れた障子の向こうから現れ、あたしを呼んだ。

「ぬぁああああぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」

でも、じじいはノンストップで。

「っはぁぁぁああああぁぁぁああっ!!」

あたしもついつい気合が入ったんだけど、

「う、わぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!!!?」

あたしが音の発生した方を見たせいで、2人の手の平は離れてしまっていた。
巻き込まれた人物が叫びをあげ、あたしはそいつを呼んだ。

「チヒコ!!」

ご本尊様がサッカーボールを見つめていた。



「まぁ、住職にはなれなくても、お嫁に行ける楽しみが増えたじゃないですか。」
「将志くんと結婚して、裏住職になるのもいいよね。」
「また腹黒いことを~。」

あの時力の授受に失敗して以来、それまで見えていた何かが見えなくなった。
どうやらまったく霊媒師としての素質をなくしてしまったらしい。
霊媒師と住職。どちらも戻らないものになってしまった。

一人っ子の娘。
寺の存亡も危ぶまれたが、門人として将志くんが5年ほど前から住み込むようになった。
たぶん跡取りだ。
ちぇっ、いいなぁ。せめて裏で実権が握れればなぁ。

「あ、住職帰ってきたかな。」

将志くんが、玄関前の砂利を歩く音に気づく。
ちょっと昔のことを思い出してナーバスになっているあたしは、すぱぁん、と玄関の
引き戸を開けて怒鳴ってみる。

「耄碌じじいがっ!!」
「22歳です。」

ビシっと答えたのは、何か知らない若い兄ちゃんだった。



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