「もう……行っちゃうの……?」
「ん。」
「チヒコ……。」
「元気でな、トメ。」
「待って!行かないで……っ……待ってぇっ!!」



2.不出来なご挨拶と朧げな思い出

玄関の扉に手をかけたまま、あたしは目の前に立ちはだかる自称22歳を見上げた。
その手には、青色の紙でぴしっと包装された箱。
何だか正体不明なので、慌てて引き下がり、将志くんのもとへ戻る。

「裏に越してきた綿入(ワタイリ)と申します。この春からそこの大学院に通うことに
なりまして。よろしくお願いします。」

深々と長身を二つに折り曲げた綿入さん。
ツンツン頭にしているせいか、少し薄く見えた。

「あ、これつまらないものですが。」

と、例の箱を差し出した。

誰もいない壁に向かって。

間。

「……い、た、だきます。ありがたく。……こちらで……。」

大人将志。素早い対応。

「あぁ、そうですね、お子さんよりは大人の方に渡した方がよかったですね。
……こらこら。後でそのお兄さんに見せてもらいなさいね。ははっ。」

将志くんの返事に対応して、こちらに向き直ったかと思ったら、また壁(いや、
さっきより若干綿入さんの足元に近い)の方を向いて笑いながら、まるで「お預け」のように
箱を少し持ち上げた。

間。

「……綿入さん……?。」
「あぁ、子ども好きなもんで。妹?可愛いね。」

周り全てが霞むほどの笑みを向ける。
いくつになったのかなぁ?などと壁に問いかけながら。

がこんっ。ぱりん。

突然、綿入さんが将志くんに差し出していた箱を落とした。笑顔もどこへ消えた?
ってゆーか、ぱりんって。

「……綿入くん……?」
「すみませんでした……。」

今にも消えてしまいそうな声で綿入さんが呟く。手で口を押さえ、わなわなと震えている。
そして、先ほどまで微笑んで見つめていた壁とは正反対の壁に体を押し付けている。
顔なんてもう曲がっちゃいけないとこまでそっぽを向いている。
まるで余裕のなくなった彼の行動と表情。

「ご挨拶の品までも台無しにしてしまい……これからどうご近所付き合いをしていけばよい
のやら……。」
「いえ、そんなことはお気になさらず……。と言うか、あの……。」

だってつまらないものでしょ?どうでもいいっすよ、綿入さん。
でも中身気になるな。

「トメ、ごめん。そこに女の子いるんだわ。」

箱を拾おうと、地を這って手を伸ばしたあたしに綿入さんが呟いた。
指差す先はさっきの壁際。綿入さん、指差すばかりで見ようとはしないけど。

え、女の子……。

間。

「っぎゃぁあああぁあぁああああっ!!ナンマイダ!!!!」
「落ち着いて十芽女さんっ。」

将志くんがポケットからすかさず数珠を出す。さすが次期住職。

「あ、逃げた。」

若干明るくなった声で呟いた綿入さんの目線が外へ移っていった。

「僕、見えなかったんですけど、もしかして……。」
「え、あえて流そうよ将志くん、今の出来事は。」
「霊です。」

相変わらず壁に張り付きながら綿入さんがあっさり言った。
見えるくせにその怖がり様って。苦労多そうだなぁ。

「今のは歳聞いてわかったんですけど。212歳だそうで……。
俺、あんまり区別できないんです、その、ナマモノとそうでないものと。」

冷蔵庫にしまうものとしまわないもの、みたいな。

「なんか、あの子はただ遊びに来てただけみたいなので、だいじょうぶだと思いますけど。」

でもちょっと俺今日はダメそうなので、帰ります。と綿入さんは壁から背を剥がした。

「あ、僕ここの門人の河合将志と言います。見えはしないけど、何かしらできると思うので
何かあったらぜひ。住職にも相談しておきますから。」
「ありがたいお話ありがとうございます。お願いします。では。」

よろよろっと音がしそうな足取りで綿入さんは玄関を出て行った。

「これ、何だろね。」

がっこがっこと箱を振ってみる。
む。固形物。ちょっと重い。けど複数入っている模様。

ぱりぱりと包装紙を剥がしていく。

「裏に越してきたって……学生さんが住むようなところありましたっけ、十芽女さん。」
「そういえばこのへん一軒家ばっかりだもんね。」

箱に夢中になりながら将志くんに返した。
裏……空き家があったっけなぁ。10年前から。



「もう……行っちゃうの……?」

車からチヒコが顔を出した。

「ん。」
「チヒコ……。」

車が走り出す。

「元気でな、トメ。」
「待って!行かないで……っ……待ってぇっ!!」



あの衝撃の現場に居合わせた、幼馴染のチヒコが引っ越していったのだ、10年前に。
そういえば、あの継承ミスからすぐだった気がする。
十芽女が小学校にあがったばかりの7歳で、チヒコは6年生くらいじゃなかったか。

一人っ子同士の2人にとってお互いは兄妹のような存在だった。
十芽女のほうにしてみれば、ちょっとした憧れのお兄さんで、寺を継ぐ上では手近なところで
婿をゲットしたかったこともあり、結婚願望もあったくらいだ(ただし少し黒ずんだ願望)。

箱の口をとめていたセロハンテープをすべて剥がしたところで。

「!?」
「何いきなりモデル立ちしてるんですか、十芽女さん。」
「あいつ……何て言った……?」
「あいつ?綿入くん?」
「『トメ』って言わなかった?」
「言いましたっけ?」
「……わたいり……。」

箱を持ったまま立ち上がった十芽女はぶつぶつと呟き始める。

「……霊の見えるワタイリ。霊と話せるワタイリ……。ワタイリ。ワタイリ。」

ワタイリ。
チヒコ。

ワタイリハルイチヒコ。
綿入治一彦!!

もしかして。もしかして!!

十芽女は箱を放り出して玄関から飛び出していった。

「十芽女さん!?」

玄関には1ダース分の虫刺されによく効くキ○カンが転がったとか(一部割れ)。


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