「お、ハル。お得意さん来てはるで。」
「どうせまたからかいに来たんだよ。きっと今に……。」



~2.空を切る、茶~ 

「おーい。娘ー。ハリー。茶ーっ。」

外は雷。
まだ桜には早い季節の、春雷。

ハリーと呼ばれた娘が、茶を注いだ湯呑みを持って現れる。
否。
湯呑みを引っ掴んで、自分を呼んだ当人のいる卓に叩きつけた。しぶきが飛ぶ。

「お待ち。」
「怖ぇなぁ。いつもながら。」
「客逃げるぞ。」
「うっさい。何人だ、あたしは。」

茶屋。櫻家。
店の裏の庭に、大きくはないが毎年たくさんの花をつける八重桜がある。
その時期になると、店内のほかに、いつも表に出している腰掛やら日傘をすべて庭に移して、
立ち寄った客をもてなしている。
今年ももうすぐその季節だ。
その娘は濃い桃色の着物に、『櫻』と入った前掛けをしている。
肩まである髪を結わずに右耳にだけかけている。年のころは10代後半。
今は盆を小脇に抱えながら、客につっかかっている。
看板娘、ではないことは目に見える。容姿云々を超えたところで。

「こんな昼間っから茶ァ啜るとはとんだ暇人だわね。」
「馬鹿野郎。こんな天気ん中仕事できるか。左官屋なめてんじゃねぇぞ。」
「雨が降るまではなんとかやってたんだがなぁ。あ、ハリー俺ももう一杯茶。」
「だから誰だ、それは!」

娘は一旦調理場に戻り、急須を携えて戻ってくる。
仕事はそれなりにこなせるらしい。
とぽとぽと空の湯呑みを満たす。

「お前、春緋(ハルヒ)だろ。で、耳に玻璃(ハリ)着けてるからよ。」
「それでハリーってわけさ。いいじゃねぇか、舶来の名前先取りで。」

娘――春緋の露わにされていない方の耳。一寸ほどの水晶のようなものを着けている。
詳しいことを知る者は居ないが、どうやら耳に穴を開けるかして、直接くくりつけて
あるらしい。何なのか、玻璃であること以外はわからないが。

「あっつ……!!」

春緋は今しがた淹れたばかりのお茶を客に向かってぶちまけた。
この熱さから見て、あまり蒸らしていなかったようである。
仕事はこなせても茶屋の娘としての技術は期待できなさそうだ。

「言ったろ。軽々しく玻璃の話は――」

まるでその熱を冷ましてやる、と言わんばかりの温度のない春緋の目。
決して小さくない玻璃は、どんなに隠そうとしても見える。人の興味を引いて離さないそれ。
話題にされるのを春緋はとても嫌う。はずそうとは決してしないけれど。

「する、なっ!?痛い痛い!!!!」

法度を破った客を見下ろす春緋に。
背後から全身全霊をかけたタックルがかまされた。


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