「『こんなに可愛らしくて元気な方が増えていて』だって。良かったね、ハル。」
「……なんかアンタに言われると価値が減る気がする……。」



~5.薫、燻る~

「こちらも勘定頼む。」

一番入り口に近いところに座っていた若い男性が片手を上げた。
奥様の小銭は大切に前掛けのポケットにしまう。

「はいっ。」
「団子と茶を一つずつ戴いた。」

煙管を銜えたまま器用に話し、春緋の手に勘定を落とす。

「悪いな、人気者のハリーちゃんに俺も何かやれればいいんだが。
何分今日は持ち合わせがこれだけだ。また来るから許してくれないか。」
「丁度お勘定いただければ十分ですからっ。ただ……ハリーを
止めていただけたら…。」

あの大工め……!!

俯いた春緋の顔は、照れや恥じらいを映してはいない。
奥様にはとても見せられない。

「綺麗な玻璃じゃないか。」

少し屈んで微笑んだ男性が緩やかに手を伸ばす。

「っ!!」

咄嗟に彼の手を払ってしまった。

「すみませ……!!」
「いや、こちらが悪い。大切そうだから本当に触れる気はなかったが。
ふざけすぎたな。悪かった。……ところで……。」

男性の目は今しがた一瞬触れた、春緋の手の平を捉えていた。

「……?は、あの……?」
「剣術をやるのか?」
「!!」

確かに経験者なら見てわかるはずだ。この竹刀だこ。
あまり人に知られたくはなかった。何事にも良い影響はないだろう。
今の自分が置かれた状況では。

「……故郷にいた、とき、に、……。」

嘘を吐かない程度に、差し障りのないことだけをやっと紡ぎ出す。
掴まれた手に少し力を入れると、簡単に手を離してくれた。

「へぇ。じゃあ最近なんだな、こっちに出てきたのは。全然手が錆付いてない。」
「はい、まだ1ヶ月で……。」
「俺もまだ日が経っていない。今日はいい茶屋を見つけられて良かった。
また寄らせてもらうな。」
「お待ちしてますっ。」

ぺこりと頭を下げ、男性を送り出した。
見送ろうと暖簾を上げると、男性の出て向かった方向とは逆から肩を叩かれる。
相手は、振り向いた春緋に微笑んだ。

「おはようございます、春緋。」
「斎さん。」

あまり背は高くないけれど、それでも春緋は見上げなければ目を合わせることはできない。

「……って、もう夕刻の方が近い時間ですけど。」
「あはは。でも今日春緋に会ったのは初めてだから、この挨拶がしっくり来るかなと
思ったんですよ。さぁ、中に入って。今日はもう店閉めますから。」
「……!!」

櫻家が店を閉めるのは、日が沈んだとき。
と。
斎が『仕事』を持ってきたとき。
今日はまだ日が落ちる時間ではない。
これから店を閉めて、『仕事』の内容と『標的』が話されるのだ。

「はい。」

春緋は皆に知らせるべく急いで店内へと戻っていった。
暖簾を下ろす斎の目には、先ほど櫻家から出て行ったタバコを燻らす後ろ姿が
映っていた。
未だ煙が薫る。
雨上がりに、桜の蕾の香りも混じった気がした。
店内からは海俐が騒ぐ声と、春緋の怒号が聞こえてきていた。


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