「今日は櫻家おしまいでーすっ!」
「うるっさい、海俐。うろうろしてる暇があったら暖簾下げてきてよ。」
「ぼくじゃ届かないもん。もうちょっと考えてよね、ハリー。」
「うっさい!じゃあ貼り紙してこい!!」



~6.届かぬ、光~

櫻家は2階建てになっている。
従業員3人は皆住み込みである。

1階は店舗とその奥に2部屋。正面の店舗の入り口からまっすぐ、のれんで隔てられた調
理場を左手に過ぎると、1段高くなった板の間があり、そこで履物を脱いで部屋に上がる。
右手には上に上がる階段もあるので、皆が通るここには下駄箱が用意されている。
板の間はそのまま廊下として奥までまっすぐつながっている。

1階の部屋のうち1つは8畳の広さで、廊下の右手、店舗側からすれば一番手前にある。
そこは皆が集まる居間になっている。調理場で作った賄いや食事も一番運びやすい部屋だ。

廊下をそのまま進めば、もう1つの階下の部屋、斎と海俐の部屋が右にある。居間とは襖で
つながっている。ここは6畳で、居間よりは少し狭い。

廊下の突き当りには厠がある。
階下の部屋は全て廊下の右側に作られている。

左側は庭になっているからだ。
割と広い庭で、大きな桜が1本植えられている。この庭へは、従業員達は廊下から下りるこ
とができる。季節には客をこの庭に通すことにしているので、調理場と板の間のわずかな隙
間に扉をつけた。人一人ならさほど労せず通ることができる。井戸もこの扉から近いので、
従業員達は通年この出入り口を利用している。

2階は全部で4部屋あり、主に従業員達の居室として使われている。

まず、階段を上がりきるとすぐ左手に襖が現れる。そこを開けると、春緋と晨陽が共同で使
っている8畳の部屋がある。その部屋の奥にはさらに襖があり、その向こうは2人の寝床に
なっている。
ここには廊下は無く、奥の寝床へは8畳の居室を通らなければならない。この2部屋は階下
の居間と斎たちの部屋の真上に位置する。

反対に、階段を右手に回れば、階段に沿うように廊下がある。

その廊下。左側に、まず陸斗の部屋がある。6畳間を1人で使っているので、割と悠々とし
ている。

廊下はさらに続き、陸斗の部屋を過ぎれば、4畳半の小さな部屋がある。この部屋は、2階
で南に面しているので、洗濯物部屋として使われている。布団を干すときもここから屋根へ
伝い、布団を広げる。しかし、日当たりの良さから、格好の昼寝場所としてもよく用いられ
ていて、休憩時間を過ぎても店に戻らない者は大抵ここに転がっている。

夕方というには少しだけ早い時間。
「櫻」と一文字書かれた濃紺の暖簾は下げられ、表の通りからは障子越しにその紺がうっす
ら覗える。そしてその障子の桟に鋲で留められた紙。

――本日は都合のため閉店いたしました。またご来店くださいませ。店主・佐倉――

今使われている部屋は、階下の8畳間だ。
店の出入り口はしっかり閉められ、客もいない。庭への勝手口も内側から掛け金がかけてある。
いつもこの時間には西に傾きかけて燦燦と部屋を照らす陽光も、きっちり閉められた障子に阻
まれて部屋には届かない。北側につけられた明り取りの小窓すらも閉ざされている。

真ん中に少し大きめの長方形の卓袱台。
斎と、その左腕にすがり付いている海俐。晨陽はその向かい側に座り、春緋はその間の面に座
っている。陸斗は台にはつかず、廊下側の障子に凭れている。

「……左院……。」

春緋はそう呟いて考え込む。
左院といえば、これまで相手にしてきた平の警官とは話が違う。政治に関する詳しいことなん
て知らないが、左院のしかも官僚ともなれば相当の地位だ。
それが今回の相手。

陸斗は斎の口からその標的が出た瞬間、舌打ちをして黙ってしまった。
思い詰めた表情をしているのは晨陽。
海俐はわくわくしているかのような表情だ。
斎は、これからの計画を考えているのだろう、手元の紙を見つめたままだ。

「斎が言ってたんだよ。今回は上の人だ、って。もしかしたら目標に大きく近づけるかもしれ
ない、って。」

そう言った海俐の頭を撫でてやり、斎が口を開いた。

「そうです。左院の官僚をつぶすとなれば、彼らも今までとは違う、と悟るでしょう。そうな
ればこちらの意図も多少は伝わりやすくなると思いませんか。」
「はっ。こちらの意図ね。」
「リク兄……。」

斎の発言を聞いて、陸斗は嘲笑する。
晨陽はそれを窘めるとも宥めるともつかない口調で陸斗を制する。

「俺は俺の目標のためにやっとるんよ。アンタの意図とは別モンや。それに俺は右――」
「あたしは賛成。高官を狙えるなんて良い機会だし。」
「――ハル!?」
「それに、あたしの目標のためには、なる。」

春緋の強い瞳が斎と陸斗をみつめる。

「詳しい話聞かせてください、斎さん。」
「そうですね。先にそれを話しましょうか。」

櫻家。
3年程前に開店して、この街ではそこそこに人気のある茶屋。
しかし、その従業員達はある意図を持って、この店に集っていた。
その抱える想いはそれぞれだが。

櫻家。
暗殺集団。
「抗うことでしか祈りは届かない」
この中の誰もが一度はそう感じたことがある。そして時が経つごとに、それが全てになった。
今、その信念を胸に、祈りを届けようとする者たち。
新政府に届け、と。狙うのも新政府関係者のみ。

「誰が行くか、参加するかしないかはそれから決めてくださればいいですから。……陸斗も、
春緋も。」

祈りを届けるための、新たな計画が始まる。


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