「以上です。これが今回の標的です。方法などについては、いつものように皆さ
んに任せます。」
「俺が行こか。」
「待って、リク。」
〜7.想う、仇〜
左院のある官僚が、京へ向かう。
つい数年前まで、新政府軍を苦しめた会津藩本陣のあった京都へ視察のためだ。
その出発が、明後日。
それを討つ。
それぞれの想いを胸に櫻家にやってきた面々に、斎はそういった情報をもってく
る。その入手経路は杳として知れないのだが、その情報に基づいて、暗殺計画を
立て実行する。
それが自分の目標のためであり、櫻家に置いてくれている斎のためである。
――抗うことでしか祈りは届かないのだから――
「あたしが行く。あたしの目的のために。」
斎から一通り説明を受けた後、春緋が一番に口を開いた。
「あかんて。お前はこの間も警官隊やったやろ。毎回危険に晒すわけにはいか
ん。」
「でもこの仕事はリクの意に沿わないんでしょ。それはやるべきじゃないと思
う。」
「沿ってないわけやない。俺やって政府が憎い。ただ、本当に憎んどるヤツが左
院にはおらんだけや。」
「本当の仇がいるなら、それまで待つべきだよ。あたしは政府全てが仇だもん、
今までの殺しもあたしが全部やってたって良かったくらいだよ。」
「俺が言うとんのは、お前ばっかり危ないことするわけいかんやろ、ってことや。
根本的な敵は一緒なんや、俺もお前もみんな。今回は俺が行く。」
「春緋。陸斗。この相手だったら――」
「黙っとれ、佐倉。毎回毎回ハル行かしてたら危険やろ!」
そうだ。
いくら顔を隠しても、何かのはずみで顔が割れてしまう可能性だってある。今ま
では無傷だったが、いつ返り討ちにあうかわからない。
自分よりも、「政府全体」を敵と考えている春緋のほうが、政府関係者を討ちた
い気持ちが強いのはわかる。自分だって政府なんて滅びてしまえばいいと思って
いるが、それよりもこの手で殺めたい人物が政府の中にいる。真実の目的は後者
だ。
それでも政府を憎む気持ちがあるならば、春緋だけを危険な目に遭わせるよりは、
自らも戦線に立ったほうがよい。
今までの不安と葛藤を爆発させて、陸斗は斎に叩き返した。
「それなら私が行けばいい。」
斎を真正面に見据えて、それまで黙っていた晨陽が静かに言った。
春緋と陸斗は俄かに絶句する。
「私だって、いつも櫻家にいながら案じているもの、春緋と陸斗を。私だけ守ら
れているわけにはいかない。」
春緋が斎に拾われてここに来て一ヵ月。『仕事』は3、4回こなしているが、晨
陽が現場へ足を運んだことも、手を下したこともなかった。
その今までにない状態を目前として、春緋は晨陽から目をはずし、斎を見た。
陸斗までもが斎の様子を窺っている。
「それは駄目です。」
晨陽を真っ直ぐに見て、斎はそれだけ口にした。
「斎さん。私でも少しくらいの――」
「この相手だったら、春緋、陸斗、あなたたち2人で行った方が無難かもしれま
せん。」
他には何も語らず、そのまま先ほど陸斗に遮られた言葉を続ける斎に、春緋は冷
たさを感じた。斎に対して初めて感じた負の感情だった。事情などわからないが。
晨陽は唇を噛んで俯いている。
それでも、いつも斎に対して真っ向から意見をぶつける陸斗は何も言わなかった。
斎に向けていた目を、ただ、閉ざされた障子の向こうを眺めるように移しただけ
だった。
「左院とは言っても、官僚です。京都への遠出、そう身軽ではないでしょう。警
官隊を相手にするのとは違います。本人ばかりではなく護衛も視野に入れる必要
がありますよ。」
「どれくらいの護衛が付くかわかりますか?」
晨陽を気にかけながらも、『仕事』をする上で重要になるであろうことを春緋は
問う。気にはなりながらも、自分のためのことを優先してしまう自分も充分酷い
のだろう。
「いえ、それはわかりません。」
斎が申し訳なさそうに首を振る。
どれだけの手合いが揃うのか、少しでも知っておければ対策も立てられるし、現
場でうろたえなくても済む。そう思って訊いてみたのだが、情報が無ければ無い
で、何とかなるだろう。いつも詳しい情報があるわけではないのだから。
「ハルもーリク兄もー、強いから二人で行けばきっと勝てるよ。斎もそう思った
んでしょ?」
「そうだね、海俐。今回は初めての大物です。剣が立つあなたたちでもすこし心
配なんです。どうですか、今回は二人で行くということで。」
「俺は構わん。」
陸斗が短く答える。
陸斗の本当の敵はまだ知らない。だから、今回の暗殺はもしかしたら彼の本意で
はないのかもしれない。いくら恨みのある相手だからといっても、やっているこ
とは大変な罪だ。それは承知している。そういったことに、本気でない者を関わ
らせることはしたくない、と斎は前に言っていた。
だから最初に良い反応を見せなかった陸斗に行かせたくはないのが春緋の本音だ。
しかしそういう事情で、さらに陸斗が迷いもなく返答したことで、春緋も葛藤を
捨てることにした。
「もちろんです。リクがいれば安心です。」
::戻:: ::main page:: ::次::