「それにしても、こんな暗いうちに出発するなんて、狙ってくれって言ってるような
もんじゃない。」
「こらー、喋ったらうまく縛れんやろ。」
「ごめん。」
「いいから黙っとれ。」
「ごめん。」
「……態と言うとるな。」
「……。」
「いらんとこで黙るな。」



〜８．月明かりの、笑〜



上物を狙える、という絶好の機会。
と、同時に危険度は今までの比ではない。
春緋と陸斗は漆黒の衣服を選んできた。そして顔の下半分を黒の手拭いで覆う。

「完了っ。」
「ありがと、リク。」
「お前が喋っとったせいで、手拭い緩んで顔が割れても知らんで、俺は。」
「看板娘がいなくなってもいいって言うのー？」
「お前のどこが看板や。」

今夜は月明かりがある。
冗談ではなく、顔が割れる可能性がある。
それは櫻家の今後に大きく関わることだ。何としても避けなければならない。

月が近い。
２人は今回の標的の邸宅の門を見下ろす位置にいた。
同じ道沿いの２軒離れた家の屋根。

春緋は足を投げ出して座り込んでいる。その後ろで春緋の手ぬぐいを結んでやってい
た陸斗は、春緋の肩に手をかけて腰を上げ、伸びをした。
目は門へと向けて。

「あ。」
「来た？」

何かに気づいた陸斗を春緋は下から見上げる。
手には鍔の無い黒塗りの鞘を掴む。

「いや。海坊（ウミボウ）が……。」
「……海俐？……！……っのガキ……！」

狙う門のすぐ脇。小さな影が見える。
海俐だ。

海俐は『仕事』をするときには、苦無を２、３持って後方支援にまわる。苦無は本当
にいざというときにしか使わないが、庭で練習をしているのを見る限りでは、たぶん、
宛になる。
そしてそのほかに、仕事の実行者が現場に遺留品を残した場合、あるいは武器等を途
中で置いていかなければならない状況などで、それらを持ち帰るのが海俐の役目。
小さい体で逃げやすいのだ。

だが、今回は近すぎる。
海俐も経験者だ。何を思っているのかはわからないが、どうしてそんなに近づく必要
があるのか。

立ち上がった春緋も鋭い目線を海俐に向ける。

何かを感じたのか、海俐もこちらを見る。

「……。」

海俐は、ぱくぱくと、遠くから口だけで何かを伝えようとしている。
月明かりがありがたい。

「お？……い？」
「なんや、それは。」
「だって何か言ってるんだよ、海俐。」
「？……お、お……い？」
「もしかして、『多い』？」

そう伝わったのを見て取ったのか、海俐は門のそばを離れ、見えなくなった。物陰に
入ったのだろう。

「なんだろ。」
「聞こえたんやないか、中の声が。あれだけ近寄ったら。護衛が多いってことやろ。」
「やっぱり今回はそう簡単にはいかないみたいね。」
「ええか、ハル。どっちか一方でも『ダメや』、思たら終わりやからな。声かけて一斉
に退く。」
「うん。でも、２人がかりなら何とかならないかなー。」
「わからん、そんなことは。護衛がつくような奴やるのも、２人でやるのも初めてな
んやから。……そうやな、お前は後ろからいけ、俺は前からいく。」
「ん。」

陸斗も置いておいた刀を取り上げて左手にもち、無言で右肩を馴らすようにぐるぐる
回した。

今は七つ刻くらいか。夜明け前に出立との話だったのでそろそろのはずだ。
互いにそう考えているのか、それぞれ刀を手にしたまま沈黙を続ける。

きっ、と少し軋んだ音を立てて、門の横の小さな扉が開いた。
小さな明かりが揺らめく。

「ほな、また。」
「うん。」

互いの刀の鞘を交差させ、軽く音を立てる。
陸斗はもう３軒先の屋根へと移っていった。
春緋はその場にしゃがみ、再び門に目を移した。

また木の軋む音がし、光が一瞬消えたかと思うと、直後、ぎぎぎ、と重い音を立てて
大門が開いた。

――来た。

まだ暗いため、先頭に松明が１対灯されている。
しかしそれだけでは全体は見渡せない。それでも護衛は春緋が想像していたよりは大
分少なかった。

――１０人はいないんじゃ……？
――槍が２本見えるのと、……騎馬が２頭。後はよく見えないな……でも……。

違和感を覚える隊列だった。見たことがない。
当人を乗せた馬車が前衛もつけずに先頭を走っているのだ。走っているとは言っても、
護衛がいるので歩いても追いつけそうな速度だが。

夜明け前の暗い道を、小隊が重々しく、しかし静寂を守って進んでいく。
春緋の真下に見下ろせる位置まで進んできた。

――もう少し。

自分の祈りを少しでも高みに届けられるこの機会。しかし大きな危険と隣り合わせ。
期待と不安と緊張で逸る胸と体を押さえ、春緋はもう一度刀を握りなおす。

隊の後方に目をやれば、またも大きく軋みながら閉まる門と、吸い込まれていく仄か
な明かり。見送りが門の内へと帰ったのだ。
それを確認し、隊列を見れば、ちょうど最後尾が目の前を過ぎたところ。
やはりそれほど大層な護衛ではない。

――いける。

自然と口角が上がる。

松明がちょうど３軒先の生垣を照らした。
と、同時にそのうちの１つの明かりが途切れた。
それに続いて、短い悲鳴とも苦悶ともつかない声が聞こえてきた。
陸斗が行ったのだ。

――今だ。

春緋は屋根から塀へと降り、蹴って、そのまま刀を振りかざして後列へと食い込んだ。
柄を通して刀が肉を斬る感触を得る。
そのまま刀を振り抜き、相手に宣告する。

「お前たちを許さない。」

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